黒川駅の住所は「黒川」ではない 293人の町にある駅

最終確認日
小田急多摩線の黒川駅で降りて、スマートフォンの地図に駅の住所を入れてみます。出てくるのは「川崎市麻生区南黒川4-1」。黒川、ではありません。
駅名と同じ名前の町は、ちゃんとあります。人口3,307人の黒川です。それなのに、駅があるのは、人口293人の南黒川。
麻生区の7つの駅のなかで、こうなっているのは黒川駅だけです。どうして、こうなったのか。駅と町ができた順番に、答えがありました。
犬黒川駅って、住所も黒川なんでしょ?
猫それが、ちがうの。駅のあるところは、黒川の外なのよ。理由は、駅が先で、町があとだったこと。
「南黒川」は、どんな町?
小田急の駅案内には、黒川駅の住所が「川崎市麻生区南黒川4-1」とあります(2026年10月3日に確認)。
南黒川の広さは8ヘクタール。一辺が約280mの正方形と、だいたい同じです(私たちの計算)。川崎市の委託でまとめられた報告書(日本地名研究所、2018年)は、この町を「民家もわずかしか見られません」と書き、駅の北側にはコンピューター関係の会社や研究所のビルが建ち並んでいる、と説明しています。
駅名と同じ名前の町が、別にある駅は、ほかにある?
麻生区の7駅の住所を、小田急電鉄の駅案内で並べてみます(2026年10月3日に確認)。あわせて、川崎市の「区別町名一覧表(麻生区)」(2023年12月28日更新)で、駅名と同じ名前の町があるかどうかを引きました。
- 新百合ヶ丘万福寺1-18-1
町名一覧に「新百合ヶ丘」はありません - 柿生上麻生5-42-1
町名一覧に「柿生」はありません - 五月台五力田3丁目
町名一覧に「五月台」はありません - 百合ヶ丘百合丘1-21-1
町名は「百合丘」。「ヶ」があるかないかの違いだけで、同じ町です - 栗平栗平2-1-1
駅名と同じ町にあります - はるひ野はるひ野5-8-1
駅名と同じ町にあります - 黒川南黒川4-1
町名一覧に「黒川」はあるのに、駅は「南黒川」にあります
駅名と住所の町名が違う駅は、黒川のほかにもあります。新百合ヶ丘、柿生、五月台です。ただ、この3つは、駅名のほうの名前の町がそもそもありません。
駅名と同じ名前の町が、すぐそばに実在するのに、駅はその外にある。7駅のなかで、それは黒川だけでした。
なぜ、駅のそばだけ別の町なの?
手がかりは、年表にあります。
- 1974年6月小田急多摩線が開通し、黒川駅ができる
日本地名研究所の報告書(2018年) - 1979年11月1日住居表示が実施され、南黒川ができる
川崎市「区別町名一覧表(麻生区)」。報告書によると、黒川の字「宮添」の一部が区画整理されてできた町
駅が先で、町があと。しかも報告書は、黒川駅をはさんで町割りがされ、主に北側に、研究機関などが進出した、と書いています。
つまり、駅のまわりには、もともと名前のついた町がありませんでした。そこへ新しい町をつくった。黒川の南の部分だから「南黒川」になった、と読めます。(名づけの理由は、資料に書かれていません。位置から私たちが考えた推測です。)
下の図は、この3つの町の広さを、数字のとおりに並べたものです。黒川駅は、いちばん小さな正方形の中にあります。
住む人が少ない町は、何のためにできたの?
働く場所です。
麻生区のプロフィールには、南黒川地区と栗木地区にある「マイコンシティ」に、先端技術の施設が集まっている、とあります。川崎市の「南黒川地区地区計画」を読むと、この町の設計図が見えます。
- 計画の区域は約5.9ha(南黒川のほか、栗木台3丁目・5丁目、黒川の一部をふくみます)
- そのうち約4.4haは「研究開発施設地区」。住宅、共同住宅、寄宿舎、店舗、飲食店は建てられません
- ほかに「関連施設地区」約0.6ha、「商業業務施設地区」約0.9ha
ソフトウエアなどの研究・開発をする会社を呼ぶための町、というのが、計画の目標でした。(この計画書には、決定の年が書かれていません。いまの細かい規制は、確認できませんでした。)
そう聞くと、293人が暮らしていることのほうが、少し意外です。地区カルテ(2020年の国勢調査)では、南黒川の世帯の96.3%が共同住宅でした。どこに、どんな住まいがあるのかは、資料からは分かりません。
地区カルテで、293人の顔ぶれも見てみます。65歳以上の割合(高齢化率)は19.45%で、麻生区全体の24.57%より低め。14歳以下の割合は12.29%(区は11.51%)です。1人で暮らす世帯が40.6%(区は35.6%)。いまの家に住んで10年未満の人が、およそ44.0%でした(居住期間は2020年の国勢調査)。人数が小さい町なので、数字は少しの入れ替わりでも動きます。
もうひとつ、数字を並べます。黒川駅の1日の乗り降りは9,161人(2025年度、小田急電鉄)。南黒川の人口の、約31倍です。7駅のなかでは、いちばん少ない数字で、新百合ヶ丘(117,280人)の約13分の1。小田急の70駅では64位でした。
駅名の「黒川」は、どこにあるの?
駅の外にあります。
報告書によると、黒川は区の西端にあり、広さは202ha。2025年9月の人口は3,307人です(地区カルテ)。南黒川の25倍ほどの広さがあります。1974年に京王相模原線と小田急多摩線が通るまでは、「川崎の秘境」といわれるほど、人の行き来が少ない土地でした。
いまの景色について、報告書は、東部の県道沿いと北部の駅周辺に民家や商店が見られ、南部から西部にかけては、深い谷が何本も延びる谷戸田や山林の間に、果樹園や畑、温室が広がっている、と書いています。緑地は黒川全体の16%以上。特別緑地保全地区は17か所、あわせて42.5haです。
名前の由来は、はっきりしません。報告書は、この地域を流れる三沢川のことと思われる、という説と、川の水が澄んで黒く見えたから、という土地の古老の話を並べています。どちらも「かもしれない」です。
確かな記録は、南北朝時代の1367年(貞治6年)にさかのぼります。お仁々局という女性が、黒河郷の半分を円覚寺の塔頭、黄梅院に寄進した。これが、黒川の地名が歴史に初めて出る場面だと、報告書にあります。黒川という地名の記録は、駅より600年以上、古いことになります。
秘境の駅は、いま、どうなっているの?
駅の中では、クラシックが流れる予定でした。
小田急電鉄と読売日本交響楽団の発表(2018年10月25日)によると、2018年4月に、駅前に読響の練習所が開設されました。そこで、2018年11月3日から、構内のBGMと、電車が近づくメロディに、読響の演奏の録音を使うことにした、とあります。上りはメンデルスゾーン、下りはワーグナーの予定でした。いまの放送内容は、確認できませんでした。
もうひとつ、変わったことがあります。2025年3月15日のダイヤ改正で、五月台、黒川、はるひ野の3駅に、急行が止まるようになりました(小田急電鉄の発表、2024年12月13日)。新宿を出る急行唐木田行きなら、黒川まで乗り換えなしで、最速35分です。
事実が2つあります。1974年まで「川崎の秘境」と呼ばれた黒川に、いまは急行が止まること。そして、黒川全体の16%以上が緑地であることです。
発見は、ひとつ。駅が先にできて、町があとから来たので、駅の北は「働く町」、駅の外には谷戸の里山、という並びになりました。駅の名前は、その里山の名前のままです。
次の一歩
地図で黒川駅を開いて、駅の南北を見比べてみてください。北側にはビルが並ぶ区画があり、駅の外には、谷戸の緑が広がっているはずです。
2026年11月1日から30日は、黒川の里地・里山を会場にした野外の美術展「緑と道の美術展in黒川2026」があります(あさお区版2026年10月号)。場所は、黒川よこみね緑地ほかです。
ほかの駅と並べて見たい人は、麻生区の7つの駅を並べてみたへ。名前と住所のずれが好きな人は、「新百合ヶ丘」は、住所にないも、どうぞ。歩くなら、坂道の多い麻生区を、ラクに歩くに、黒川駅を通るコースがあります。
駅のまとめページは、黒川駅の一覧です。となりの駅は、栗平とはるひ野。
出典
- 小田急電鉄「黒川駅のご案内」(住所、乗降人員9,161人。2026年10月3日に確認)。ほかの6駅の住所も、同じ小田急電鉄の駅のご案内で確認(新百合ヶ丘、柿生、五月台、百合ヶ丘、栗平、はるひ野。いずれも2026年10月3日に確認)
- 小田急電鉄「鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか」(2025年度のデータ。7駅の乗降人員、小田急70駅中の順位。2026年10月3日に確認)
- 川崎市「区別町名一覧表(麻生区)」(2023年12月28日更新。町名の有無、南黒川の住居表示の実施日。2026年10月3日に確認)
- 川崎市委託事業報告「川崎市北部 多摩区・麻生区の町名の移り変わり」(日本地名研究所、2018年)(黒川・南黒川の面積、成り立ち、川崎の秘境、地名の由来、緑地)
- 川崎市麻生区「麻生区地区カルテ 地域情報シート(南黒川)」、同(黒川)(人口は2025年9月、共同住宅の割合は2020年の国勢調査)
- 川崎市「南黒川地区地区計画」(区域の面積、地区ごとの面積、建てられない建築物。決定の年は資料に書かれていません)
- 川崎市麻生区「区のプロフィール」(2014年7月2日更新。マイコンシティ)
- 小田急電鉄・読売日本交響楽団「黒川駅 駅構内BGM・列車接近メロディを導入します」(2018年10月25日発表)
- 小田急電鉄「2025年3月15日(土)小田急線はダイヤ改正します」(2024年12月13日発表)(急行の停車、新宿から最速35分)
- あさお区版 2026年10月号(麻生区役所)(緑と道の美術展in黒川2026)
- 写真:ウィキメディア・コモンズ「Paddy Field Kurokawa 20130608.JPG」、「Kurokawa station north.jpg」、「Kurokawa station south.JPG」(以上、Hahifuheho/CC0)、「Odakyu Kurokawa-STA Platforms.jpg」(MaedaAkihiko/CC0)
- 図:「黒川・はるひ野・南黒川の広さくらべ」は、上の報告書と地区カルテをもとに、私たちで作成
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